要約:
対話を重ねることで、同じ一枚のアート写真が驚くほど豊かに見えてくる。
客観視と主観視を行き来しながら、参加者同士の問いが広がり、作品が物語へと変化する体験。
対話の力と鑑賞の深まりを実感した2日目。
レポート:
今回は男性2人、女性6人の参加者のうち、5人がこの講座の経験者とのこと。顔見知り同士で会話も弾み、和やかな雰囲気で講座が始まる。
前回の講座では『見る・考える・話す・聴く』の基礎を行ったが、今回はそれにプラスして客観視(事実)と主観視(解釈)を切り分けて考えることを実践。
1枚の写真を見ながら、それぞれ客観視と主観視の視点で言葉を出し合い、物語性の肉付けをしていく。
パッと見て分かる客観的な状況を一通り出した後、つい口をついて出る「ここはどこだろう?地下かな」「何時ごろかな?」「なんで窓がないんだろう?」という問い。
客観視と主観視が混ざり合い、面白味もない一枚の写真が、大人4人の対話によってミステリー小説のように思わぬ方向に転がっていく。

この写真でのグループディスカッションは前期の講座でも体験したが、こんなにイメージは膨らまなかった。
経験者が複数いたことやメンバー構成なども関係するのだろうが、今まで体験したことのない、楽しくて刺激的な時間だった。
もしかしたらこの対話による体験もアートと言えるのかもしれない。

問いをきっかけに、
参加者それぞれの視点が重なっていく対話の場。
SAV(Social Art View)とVTS(Visual Thinking Strategy)は今回も2枚ずつ鑑賞。
先に行った客観視と主観視の切り分けはSAVの説明時にとても重要だが、どちらを先に説明したらイメージしやすいか問題は未だ解消できず。
しかも先のグループディスカッションは『客観視=誰もが見て分かること』という前提で行なっていたが、「本当に言い切っていいのかな?〜のように見えるって言った方がいいのかな」……など、自分の中で客観視と主観視のボーダーラインがあやふやになり、さらに難しさが増してしまった。でも、この哲学的な悩みも前期には味わえなかった、新しい体験だった。
VTSでは印象画と抽象画を鑑賞。
前回は対話が進まなかった抽象画だが、今回はちょっとした糸口から対話が生まれていく。鑑賞前に画家についてのレクチャーを受けていたこともあり、なぜこの絵を描いたのか、その背景まで対話が広がって、1本の映画を見ているような気分になった。
前回はイメージを言語化ができることが、いい鑑賞につながると考えた。
でも今回は、適切な『問い』さえあれば、さほど言葉にこだわらなくても十分楽しめるのではないかと感じた。「この絵を楽しみたい」という参加者の気持ちと、その想いを引き出す、『問い』を投げかけることができたら、意外とすんなり絵の中に入り込め、対話が進むのではないかと。するとアートコミュニケーターに必要なのは場を回す機転なのか?それとも話しやすい雰囲気を作るムードメーカー的な役割なのか?
ただどちらにしろ、いい鑑賞ができたときは、とても満ち足りた、豊かな気持ちになるということを実感できた2日目だった
文責:ツキオカマキコ(第5期修了生 身近なアートコミュニケーター)
